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​第一話

とにかく先を目指して

何かと出会いたいトキメキ

 

(Dreamin` Go Go!より)


 

「いい天気だなぁ・・・。」

 

放課後の教室で八坂彩葉はボーッと外を眺めていた。

水ノ華学院へ入学して一年の月日が経った。

 

それなりに忙しくも、楽しい日々を過ごしてきたが、

 

ー・・・近頃は少し、何か物足りない。

 

そんな気持ちになることが増えていた。

 

心に少しだけぽっかりと穴があいているような。

なにか大事なことを忘れてしまっているような。

 

それは、出会いと別れを繰り返す、春の季節から感じるものなのかもしれないし、

高校生活に慣れてきた証かもしれない。

 

そんなことをボーッと考えながら、彩葉が散り行く窓の外の桜の木を眺めていると、

向かいに座る少女が、彩葉の口に何かを詰め込んだ。

 

彩葉は口に詰め込まれたそれをひと噛みして

それが甘いお菓子であることを認識すると

外の桜から眼を逸らすことなく、そのままもぐもぐと口を動かした。

 

「・・・!」

しばらく咀嚼してそれを飲み込むと、彩葉は自分の口の中に甘いお菓子、

恐らくクッキーであろうものを詰め込んだ幼馴染みである白川暦の方へと向く。

彼女は、彩葉がこちらを向いたことを確認すると、にこりと微笑み、

「それ、華子ちゃんの手作り新作クッキーだよ~。」

そう彩葉に告げた。

 

「おいしいね!!!」

彩葉は話を聞くのも中途半端に、瞳を輝かせて次のクッキーへと手を伸ばした。


 

「今日は生徒会の仕事が忙しくって一緒に帰れないから、そのお詫びなんだってー。」

暦は残念そうに微笑みそう告げたあと、手を合わせて彩葉へ頭をたれる。


 

「私も!今日はこれから演劇部のミーティングなんだ~!」

ごめんと付け足し、暦は彩葉にそう謝ると、

彩葉はぱっと顔をあげ少し大袈裟なくらい明るくその謝罪に応えた。

 

「そっか~!!残念っ!」

 

それから慌てたように立ち上がり、大きく手を広げて続けて言葉を重ねて行く。

「部活なら仕方ないよ!!早く行かなきゃ!!」

 

暦が立ち上がった彩葉を、見上げてから少し俯くように頷くと。

そんな様子を見て、彩葉は首を一度かしげて、それから暦の顔を覗き込んだ。

 

「・・・?部活、いやなの?」

 

その問いに、暦は少し慌てて首を横に振った。

「ううん!!!すごく楽しいよ!!ただ・・・」

語尾を濁した暦はまた少し俯き、それからぼんやりと外の桜へと目をやった。


 

「なんか、最近全然、3人で帰れなくなっちゃったね。」



 

視界に入る、桜たちは、その言葉の切なさを物語るようにはらはらと舞い落ちた。





 

 

申し訳なさそうな暦の背中を押し,送り出すと、彩葉は誰もいなくなった教室の自分の席へと座った。

 

散りゆく桜を横目に机に置かれたかわいらしい箱から

先ほど暦と食べていたクッキーを取り出し、一口かじった。

 

彩葉がクッキーを食べる音だけが、教室中に響き渡る。



 

「"さくらさく"木の下で食べる。"さくさくな"クッキー・・・。」



 

教室に当然のようにチンモクが響き渡った。



 

「いや、そこは木の下じゃなくて彩葉の席でしょ。」


 

なんとなく教室の空気が肌寒く感じた瞬間、

教室の戸の近くに立っていた少女が一言そう呟いた。


 

「華子!!!!」

 

その少女は、まぎれもなく、このクッキーを作った幼馴染み張本人だった。



 

隣にはくすくすと、少しおかしそうに小さく笑う3年生の先輩がおり、

彩葉とふと目が合うとニコリとやさしい顔で微笑んだ。

 

「書類の回収で通りかかったんだけど・・・。彩葉、まだ教室にいたのね。」

華子はそう彩葉に話すと、それから隣に立っている先輩の方へ視線を向けた。

 

「あ、こちらは3年生の遠矢光先輩。

 今、澪会長・・・、うちの生徒会長、短期留学中でしょ?不在の間は光先輩が手伝ってくれているの。」

 

華子が紹介すると、彩葉は、軽く頭を下げた。

そんな彩葉に光はよろしくね~。と、なんともまったりとした口調で挨拶をし、彩葉へひらひらと手を振る。

 

「それじゃぁ、私達、仕事に戻るから。彩葉は早く帰りなよ?あ、それと・・・。」

 

彩葉に一言告げ、仕事に戻ろうとした華子は、思い出しまた足を止め,彩葉の方へと向き直った。

 

「明日の朝なんだけど、生徒会の仕事があるから先に登校するね。暦にも,伝えておいてほしいの。」

 

その言葉に彩葉は一瞬「え・・・。」と小さく声を漏らすも、

その後すぐに華子に笑顔を向けた。

 

「わかった!!暦ちゃんにはばっちり伝えとくね!生徒会頑張って!」

そう元気に言い、ガッツポーズをした時、

まったりとした声が教室に響いた。

 

「え~~。もうバイバイなの~?」

 

先ほど紹介を受けた三年の先輩、光はそう話すと相変わらずやさしい顔でニコリと微笑む。

 

「光・・・先輩・・・?」

思いがけない人物が口を開いたことに驚く華子を光はじっと見つめ,

それからくるりと、彩葉の方へ向き直る。

 

「彩葉ちゃん、今日はもう暇~?このあと用事はない~?」

 

「えっ・・・!あ、はい・・・!」

 

先輩の突然の問いかけに、彩葉は少し戸惑いながらも大きく返事をした。

すると光は嬉しそうに手を合わせ、彩葉にひとつ、提案をする。

「よかった~!じゃぁ、少し生徒会の仕事のお手伝いをしてくれるかな?」

 

光の突然の台詞に、華子は少し驚くように、焦るように光を呼んだ。

 

「先輩・・・!?」

 

それに対し光は少し力の抜けるような笑顔で応える。

「簡単な仕事を頼むだけだよ~。人数は多い方がいいし、

 どっちみちあの量は今日中に終わらないよ~。

 今日はやれるとこまでやって、みんなで帰ろうよ~。」

 

微笑み提案する光に「でも・・・。」と、歯切れの悪い返事をする華子であったが、

そこへ彩葉がのりだすように大きく手を頭上にあげ、応えた。

 

「私!やりたい!雑用でもなんでも言って!」

 

渋っていた華子だが、その彩葉の様子を見ると、やがて

少し申し訳なさそうに、そして少し照れたような表情で微笑んだ。

「じゃぁ、お願いしていいかしら。」

 

その瞬間、彩葉の表情は、見る見るうちにぱっと輝いた。


 



 

「遅くなってすみません・・・!1年、Aクラスです!クラス委員の、名簿を提出しにきました・・・。」

 

教室に差し込む日の光が赤く染まりだす頃、

生徒会室に控えめなノックとともに1年生二人がおずおずと、顔を出した。

 

「ご苦労様です。ありがとう。」

 

華子がその書類を受け取り、お礼を言うと

その様子にふと,視線を向けた光がその1年の二人に声をかけた。

 

「あれ~。雫ちゃん、灯里ちゃん~。」

光がそう呼び、1年生二人にぎゅっと抱きついた。

親しい同性の友人にすぐ抱きつくのは彼女の癖だ。

 

名前を呼ぶとともに抱きつかれた1年生は「ぴゃぁ!」と小さな声をあげ、少し緊張するように身を縮こめた。

 

その様子に華子がぽかんと驚いていると、

光は向き直って、改めて抱きついた1年の二人を紹介した。

「澪の妹の、雫ちゃんだよ~。」

「それで、この子が雫ちゃんの幼馴染みの灯里ちゃん!」

光が1年生二人の頭をよしよしと撫でながらそう紹介を告げると、華子は少し驚いたように口を開いた。

 

「え!澪会長に妹さんがいらっしゃったんですね!」

その華子の反応にビビビッと反応を受けるように、雫は背筋を伸ばすと、

そのまま勢いよくシャキンッとお辞儀をし、華子に勢いよく書類を差し出した。

 

「ハイ!!!お姉ちゃんがいつもお世話になっています!!!」

雫の勢いの良いお辞儀に隣の灯里と光は、あははと笑い、

その雰囲気に華子も小さく微笑んだ。

 

「お世話になっているのはこっちだけどね。」

 

勢いよく差し出された書類をさっと受け取ると、華子は彩葉の方へとくるりと向いた。

 

「じゃぁ、彩葉、この書類整理して今日は終わろうか。」

 

彩葉は「うん!」と元気に頷き、光はそれを微笑ましく見守るように声をかけた。

「それだけ終わらせたら、続きは明日やろっか~。」

それから、1年の二人の方へ向き、微笑みこちらにも柔らかい口調で声をかける。

「二人も、もう日が沈んで帰る頃には暗くなるだろうし、一緒に帰ろうか~。」

 

その誘いに、1年二人は顔を見合わせ、それから嬉しそうに「はい!」と返事をし、頷いた。

 

「じゃぁ私、戸締まりの確認してくるよっ!」

二人のうれしい返事に釣られるように、彩葉は足取り軽く扉の方へと向かう。

 

「じゃぁ、書類終わらせたら昇降口で待ってるわ。」

華子がそう告げ、「それから」と付け足す。

その言葉に彩葉がくるりと振り向くと、華子は少し照れたように微笑んだ。

「今日は、ありがとう。」

 

彩葉はそれを聞くと、むずがゆいような寂しいような、

そんな気持ちをぎゅっと胸に押し込めて、

いっぱいの笑顔で華子に返事をした。

 

「・・・ッ、うん!」



 

生徒会が管理するのは、校舎、体育館、武道場の入り口、そして裏門の施錠である。

1年の二人が校舎の施錠をしてくれると申し出てくれたので、

彩葉は体育館と武道場の施錠を確認した。

そしてそのまま裏門の施錠を確認しようと足を進める。

 

裏門は体育館のすぐ側にある、ごくわずかな生徒と先生が使う入り口で、学院の裏手にある寺院へとつながっている。

 

早足でそのまま体育館の裏へ行こうと方向を変えたところで、


 

「きゃぁ!」

 

大きく風がふいて、小さな悲鳴とともに、バサバサと音をたて、渡り廊下を歩いていた少女が持つ紙束を攫って行った。

 

「大丈夫!?!?」

彩葉が問いかけると、少女は少し戸惑うように返事をした。

「は、はい・・・。大丈夫です。」

 

制服のリボンの色からして、1年生だろうか。

長身で、少し大人びた顔立ちの少女は戸惑うように視線を漂わせ、返事をした。

 

「でも、どうしよう・・・、楽譜・・・。」

それからぽつりと困ったように呟く。

 

「楽譜・・・?」

彩葉が反応すると、少女は頷き、困った表情をうかべ、口を開いた。

「風で裏の寺院の方にとばされてしまって・・・、どうしよう。」

 

すると彩葉は、すぐにぽんっとその少女の肩をたたくと笑顔で話した。

「私がとってくるよ。」

 

その言葉に1年の少女は遠慮がちに「でも・・・。」と言葉を漏らした。

 

「大丈夫、丁度そっちまで行くつもりだったから。もう暗くなるし、早めに帰って!あ、明日!明日、渡しに行くから、名前教えて!」

 

忙しなく、それでも明るく勢い良く彩葉がそう少女に訪ねると、少女は戸惑いながらもおずおずと、答えた。

 

「み、水瀬まふゆです・・・。」

彩葉は彼女の名前を聞き出すと元気に裏門へと走り出した。

 

「まふゆちゃんね!!オッケー!!!!暗くならないうちに帰ってね!!!」

太陽のような笑顔で大きく、安心させるようにぶんぶんと手を振ると、彩葉は裏門の方へと真っ直ぐ向かった。





 

学園の裏手には、いろいろな噂がある。



 

オバケが出るとか

 

奇妙な動物の鳴き声がするとか

 

変な怪談話に尾ひれがついたような噂話。

 

いかにも女子生徒が喜んで広めそうな内容ばかりである。


 

でも、その日彩葉の耳に聞こえたのは、

 

そんな奇妙な噂話とは一致しないものだった。




 

ー♪ー




 

「・・・うた?」

 

楽譜を捜していると、ふと、彩葉は声が聞こえることに気がついた。

 

草木が生い茂るあまり整備されてない山道なのもあってか、

寺院へと続く道にはいろいろな怖い噂も多いが、

 

彩葉が恐怖を感じなかったのは、

 

その歌声がとても、キレイだったからだ。

 

優しくも、どこか寂しそうな歌声。

いつの間にかその声を辿るように、彩葉は足を進めて行った。

 

やがて、木々で囲まれた道は終わりを告げ、

寺院の裏へと辿り着いた。


 

信じてくれるかい? きっといつかは歌えるって

だからあれこれ考えずに 

そのうちに 

あるのかな

 

(待ってて愛のうた より)


 

そこは学校や街を見渡せる小高い場所で、

彩葉の瞳に、歌をうたう少女の後ろ姿がうつった。

 

毛先だけふわりと巻いた長い髪の毛を風に揺らし、

小さな身体から澄んだ歌声を奏でていた。

 

その姿が、ふと彩葉の中にある記憶と重なった。

幼い頃、自分の胸を確かに熱くした、少女の姿と重なった。

 

制服と、側のベンチに置いている鞄から、水ノ華の生徒だろうか。

そうぼんやりと考えながら、その姿に目を奪われていると、

歌が止み、ふと、彼女がこちらへ振り返った。





 

瞬間






 

大きな風が吹き、側にいた鳩たちが、一斉に羽ばたいた。

 

その勢いに彩葉は思わず目を瞑り、身を庇うようにかがむ。

 

やがて、羽音が止み、そっと目をあける。



 

「・・・!あれ・・・!?」

ベンチに置いてある楽譜、学校と街が見渡せる風景。


 

でもそこに、先ほどまで歌っていた少女はいなかった。




 

あの少女は誰だったのか

何者なのか

何故、歌を歌っていたのか。

 

その疑問の中で

確かに残る、胸の高鳴りに

彩葉は目を輝かせた。

 

ベンチに置いてある楽譜を手にし、

それをぎゅっと抱きしめると、

パッと顔をあげ、高揚感を抑えきれない表情で大きく口を開いた。



 

「これだ・・・・・!」



 

その鼓動は、

 

未来が変わり始める、確かな応え-オト-だった。

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